オンラインで商品を注文し、自宅に届くのがあたりまえになった昨今。これからの百貨店は、「店頭に足を運んでもらう価値」をどのように生み出していくことができるでしょうか。大丸松坂屋百貨店は、2021年に新たな購買体験ができる場として、「明日見世」を大丸東京店にオープン。ショールーミング型店舗と呼ばれるビジネスモデルへの挑戦が、400年を超える大丸・松坂屋の歴史に新しい風を吹き込んでいます。

ここにしかない、をつくる。

自らのこだわりを突き詰めたものづくりを行う個人経営のブランドや、少量しかつくらないことで高い品質を生み出す新進気鋭のブランド。大丸東京店の「明日見世」に並ぶのは、これまで百貨店では出会うことのできなかった小規模生産を中心に行うD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)ブランドです。

明日見世の最大の特徴は、その販売形態。これまでの百貨店と同じようにファッションや化粧品、雑貨など様々なアイテムを手に取って見ることができますが、商品の購入はオンラインで行います。店頭は「買う場所」ではなく「出会う場所」。そのような店舗体験とオンライン販売の融合に老舗百貨店が取り組んだのは、業界が抱える課題感からだと立ち上げメンバーのK.Sは語ります。「日本全国に様々な百貨店がありますが、どこも同じようなブランドが入っていて、どの店に行っても金太郎飴のように同じ表情だなぁ、という印象です。新しい価値や多様な選択肢をお客さまに届けられないか。良いものをつくる小さなブランドも百貨店から紹介できないか。『であい めぐる みらい』というワードはそんな思いから生まれ、それが明日見世のコンセプトになりました。

様々な種類の商品が並んでいる店内

成長はブランドといっしょに。

ブランドが百貨店を通じて新しいお客さまと出会う。そのハードルをできるだけ下げることが、明日見世が大切にすることのひとつです。出店料は、ブランドの規模にあわせて選びやすいように3つのプランを用意。誕生したばかりのブランドでも挑戦できるように、従来の百貨店出店料に比べて少額のプランも選ぶことができます。また、明日見世には専属のスタッフを配置しているため、ブランドから販売員を派遣してもらう必要がありません。

「これまで比較的小さな規模のブランドさまに出店いただく際のネックになっていた『出店費』や『人件費』といった負担を軽減することで、規模に限らず、出店の間口を広げることができています。小さくても研ぎすまれた価値観を持ち、大きな意味があるプロダクトを手掛けるブランドさまは多いですから。わたしたちとしてもお客さまに新しい価値観をご紹介できる可能性が大きく広がり、手応えを感じています。明日見世を育てていくことで、出店されたブランドさまが次のフェーズに成長される後押しになればと思います」。

出店したあとも続く関係。

2021年のオープン以来、3ヶ月ごとに出店ブランドが入れ替わり、発信してきたブランドは100以上。ソーシャルグッドな姿勢がある、他にない美学やストーリーがあるといったこだわりを感じるブランドが全国から集まっています。

「印象的なブランドの一つが徳島県の『waffle haramaki』さんです。独自の手法で編み上げるワッフル構造の生地の腹巻をつくられていて、自分たちのものづくりには自信があるのに、そのこだわりがなかなか伝わらないことに困られていました。私たちはその商品の仕立ての良さと『ハラマキから日常を労わる』という考え方に感動して『この腹巻の良さをぜひ明日見世でご紹介させてください』とお声をかけさせていただきました。その結果、想像以上にたくさんの反響をいただき、ブランドさまにも2期連続でご出店されるほどご満足いただけました。さらにうれしいのは、出店いただいたブランドさまの知名度が上がって様々な場所でよく見かけるようになったり、出店ブランドさま同士でコラボレーションをされていたりするのを目にした時です。ご出店の期間が終わった後の活躍をうれしく思えることも、この仕事の醍醐味です」。

「買わなきゃ」も「売らなきゃ」もなく。

「アンバサダーが接客させていただいているからこそ、お客さまには『買わなきゃ』というプレッシャーを感じることなく、自由に商品を試して、体験していただきたいんです」。そうK.Sが話すように、明日見世の店頭にはアンバサダーと呼ばれる専属スタッフが立っています。彼らは、販売員ではなくブランドストーリーの語り手。売上予算を持たず、ブランドの世界観や魅力を伝えることを最も大切にしています。また「その場で買いたい」というお客さまの声にも応えられるように、トライアルとして店頭の一角には、取り扱いブランドの商品を購入できる自動販売機を導入。お客さまの様々なご要望にお応えできる空間づくりを日々続けています。

デジタルとリアルのいいところ取りで。

明日見世では、出店ブランドへのフィードバックにも工夫を凝らしています。店頭に設置されたカメラの映像から、各ブースに立ち寄られたお客さまの人数や年齢、性別をAIで解析し定量的なデータを収集。そこにアンバサダーがお客さまと会話のなかから直接耳にした「うっとりする肌触り」「使ってみたいけど、もう少し小さなサイズだったら」といった定性的な情報を掛け合わせることで、多角的なフィードバックを実現しています。これは近年大丸松坂屋百貨店が展開してきたさまざまなDX戦略のなかでも、明日見世らしいマーケティングのあり方。デジタル領域とリアルな店舗を掛け合わせた、百貨店だからできるクロスマーケティングでもあります。これまでブラックボックスになっていた情報が立体的に可視化されることで、お買いものやものづくりの可能性が広がっていくことを期待しています。

買い物は、大量消費から応援へ。

百貨店の力で、新しい循環を生み出していく。コンセプトの「であい めぐる みらい」には、そんなビジョンも込められています。「流行っているから買う」のではなく、商品の背景を知ることで「応援したいから買う」ようにお客さまの気持ちが変わるきっかけになれたなら。きっとその商品は長く使われて、ブランドとお客さまの関係も深く続いていくはずです。

「明日見世では、店舗に使われている什器も、輸送コンテナなど使用後にリユースできるものを利用しています。新しいものをどんどんつくるのではなく、ものの循環をつくっていく。そんな価値観をお店づくりでも大切にしています。入社されるみなさんにも、これまでの固定観念にとらわれず、新しい角度からものごとを見る力を発揮していただけたらうれしいです」。

プロフィール

K.S/本社 DX推進部デジタル事業開発 明日見世キュレーション担当
1996年生まれ。2019年入社。大丸神戸店子供洋品担当を経て、同年本社新規事業・ブランド開発事業部(当時)にて社内発案の新規事業を担当する。2021年から現職。

※所属部門/役割は2023年8月時点のものです
www.daimaru-matsuzakaya.com